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私の岩国

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年12月8日更新

弥栄大橋、弥栄湖 末廣健児さんその3

前回(12月1日掲載分)の最後に、美和中学校の校舎内に貼られていた「わたしたちのふるさと みわ」のポスターの写真がありましたが、そのポスターの中央上部に写っている場所、そこが今回の美和町のご紹介スポットです。

弥栄大橋

岩国市美和町の東の端、広島県大竹市との境にかかる「弥栄大橋(やさかおおはし)」です。
美和町は、町の周囲を三つのダムに囲まれています。昭和39年に完成した小瀬川(おぜがわ)ダムが最も古く、私が小学生から中学生の頃にかけて相次いで生見川ダム(昭和59年竣工)、そして弥栄ダム(平成3年竣工)が建造されました。今回ご紹介する弥栄大橋は、この弥栄ダムによってできた人造湖である「弥栄湖」に架かっている、全長560mの斜張橋です。調べてみたところ、「山口県と広島県の県境に架かる橋であるため、橋の維持管理は両県がそれぞれ行なうことになっていて、橋の長さの按分により山口県5年、広島県4年のローテーションで管理する協定が締結されている」とのこと(知りませんでした・・・)。現在は、山口県が管理する番になっているようです。
2つの鉄塔から放射状に延びるケーブルが、美しい姿を生み出しています。
せっかくなので、県境まで渡って行ってみました。

県境の標識

ちゃんと県境が示されていますね。京都から山口へ帰省する際に車で通ることが多いのですが、歩いて渡ったのは久しぶりでした。
ダムとともにこの橋が建設されていた頃のことは、よく覚えています。当時は、現在の写真に見えている「湖の底」に川が流れていて、その川沿いに曲がりくねった細い道路がありました。工事が進む橋の様子を下から見上げながら、「あんな高いところに橋がかけれるんじゃなぁ」と眺めていたことを思い出します。
橋ができたことによってそれに接続する道路も整備され、美和町から大竹市方面への車でのアクセスは格段によくなりました。学校の遠足で(たしか清掃活動をしながらだったと思います)、完成後間もないこの橋を渡ってダムまで行ったこともありました。
周囲の山々の景色も美しく、静かで、空気もおいしいですし、リフレッシュしたい方にはおすすめの場所です。

橋のたもと、美和町側

橋のたもと、美和町側にはちょっとしたレジャースポットがあります。

ダム湖のレンタルボート

レンタルボートでダム湖をゆったり渡っていくもよし。カヌーをされる方もいらっしゃるようですよ。

グランドゴルフ場、噴水

パークゴルフでのんびりと楽しむもよし。この日は運よく噴水も上がっていました。
また、このあたりは美和町の特産である「岸根栗(がんねぐり)」の産地にほど近い場所であり、大粒の栗を使ったお菓子や焼酎なども楽しめます。今回は、休憩がてら“栗ソフトクリーム”をいただきました。
少々余談ですが、もともと母方の実家がこのダム湖で水没する地区にあったためか、このあたりには足を運ぶ機会がよくありました。ですので、幼い頃の私にとっては「岸根栗」が「ふつうの栗」であり、京都に出てから「世間一般に認識されている栗はそんなに大きな粒のものではない」と知り、一種のカルチャーショック(・・・大げさでしょうか?)を受けました。
時間がとてもゆっくりと流れていて、癒されること間違いなし、です。
皆様もぜひ一度、足を運んでみていただいてはいかがでしょうか?


・・・さて、今回まで3回にわたって「美和町」を中心にご紹介してきましたが、自然に囲まれた山間の小さな町の雰囲気が、多少なりともお伝えできておりますでしょうか?
こういった環境で育ってきたこともあり、後にマンドリン合奏のための作曲を手掛けるようになった初期の頃は、いわゆる「自然の風景」をテーマにした作品作りが多かったです。京都で五線譜に向かいながら、美和で目にし、肌で感じてきた山々の緑や空の青、そして穏やかな風や澄み切った空気のことをイメージして、拙いながらも精一杯音符を書き進めていました。
大変僭越ながら、そうしてできたうちの一曲をご紹介させていただきます。
「流星群」 (演奏:ARTE TOKYO)<外部リンク>
この曲は、夏の夜に美和の自宅前を走る道路に寝っころがって見上げた、吸い込まれそうなほど深い星空の印象を出発点にして書いたものです(高校の合宿で泊まった羅漢山のコテージで見た星空の美しさも、よく覚えています。その時は、いくつも流れ星が見えました!)。そうしてできた作品に対し、数年前に初めて海外の方から「自国のマンドリンオーケストラで取り上げたい」とのご連絡をいただき、実際に演奏してくださいました。マンドリン合奏は一般的にあまりメジャーなジャンルではないと思いますが、自分が書いた音が外国の方々にも伝わって受け入れていただけるという、曲を書きはじめた頃には想像もしなかったような経験をさせていただき、私にとっては大きな励みとなりました。
今回もお付き合いいただき、ありがとうございました。
次回は、そのマンドリンと出会った場所へ、少し近づいていきたいと思います。


末廣 健児